三条大橋

東京人にとって橋といえば日本橋かもしれないが、京都人にとって、また烏丸三条に生まれた私にとって、橋といえば三条大橋。

三条大橋に関わる記述は色々とあれど、土木工学者として気になるのは現在の橋。昭和10年の京都大水害では、三条大橋も流出。その後、近代的な橋に架け替えられることが提案されたが、それが実現することなく、現在の橋が建設された過程を整理したい。

1935(昭和10)年 京都大水害で流出

6月28日から降り始めた雨は翌29日午後2時までの雨量は281mm。最終的に流出した橋梁は56で、そのうちの一つが三条大橋。

  • 例えば、京都市消防局へのリンク

昭和の鴨川改修

昭和11年から22年にかけて鴨川の桂川合流地点から柊野堰堤までの約17.9kmと高野川の出町柳付近から約5.2kmについて抜本的な河川改修が行われた。全体的に深さ2〜3mほど掘削され、河川の断面が拡げられ、下流の一部区間は流れをなめらかにするため流路が付け替えられた。ただし、三条〜七条間は、京阪電車の地下化ができず暫定改修となった。

例えば、京都府「千年の都と鴨川治水